黒い空間に浮かぶ、様々な色の点。 点達が集まり、寄り添っている。
黒い空間に浮かぶ、一つの小さな白い点。 その近くには強く輝く一つの点と、小さな七つの点。
その小さな白い点に、自分とよく似た何かがいる気配を感じた「それ」は、その点に近づいていった。

黒い空間を滑る「それ」は、空間に溶けこむ黒く大きな体を持っている。
「それ」には手足や頭すらも無く、ただ流動し常に形を変え続けていた。

白い点に近づいていく途中、「それ」は自らの中に収まる大量の情報を巡らせていた。
強く輝く点と白い点の位置関係、白い点の大きさ、それと膨大な経験から導き出された結論。
白い点には、生きて地を歩き、あるいは液体を泳ぐ何かがいる。
数多の生きて動くものに触れてきた「それ」は、その動くものの姿を考えていた。

白い点が近づき、点から球へと変わっていく。
その表面はときおり輝き、液体の存在を誇示していた。
透明に輝く液体と、白色で横たわる大地。 それがその球にある全てだった。
動くものの情報を探したが、「それ」は白い球の表面に動くものを見つけなかった。
液体と大地だけを乗せて廻る白い星に、「それ」は降り立つことにした。

眩しいほどに輝く白い大地に、ただ一つ色を加える黒いもの。
「それ」は大地の上を長いこと飛び回っていた。
この星に存在しているのは純粋なH2Oと、大地を覆う真っ白なシルト層。
期待していた動くものの姿は、無かった。
でも、自分とよく似た何かの気配を感じた。
今まで得たことのない情報を、確かにここから感じた。
その源と思う場所を、何箇所も巡った。

ふと、白一面の大地に黒いものを見つける。
自分以外の、黒。 今まで何度も探した場所のはずだが。
ゆっくりと、その黒に近づく。 黒も逃げるような素振りは見せない。
「それ」は自分以外の何かが、一面二臂二足の姿を持つ生き物だと分かった。
生き物も、こちらを見ているようだ。 恐怖を抱いている様子はない。
さらに近づき、背丈を生き物に合わせる。
生き物の表情がわかるほどにまで距離を縮めた時、その生き物は声を出した。
「すごいな、おれみたいなのがいたのか」
生き物の顔は、今まで見たどんなものより、穏やかだった。

頭にあたる部分を覆う煤けた黒い布から、青銀の尖った耳と、髪がのぞいている。
褐色の肌が白く長い筒状の服に映えており、胸部と前腕を包む黒い布は使い込まれたように擦りきれていた。
左腕と左脚と呼べる部分は途中でちぎれたように無くなっている。
その先からは黒い、何か流動するものがとめどなく溢れていた。
生き物は自分に近づいてくる何か得体の知れない黒一色の物体に、自ら歩み寄った。
「形を変えられるのか? へぇ、おれよりも妙なやつだな」
生き物は、流動し常に変化する目の前の物体をじろじろと見ている。
生き物の顔には、二つの目があった。 一つは、黄色に水色の瞳孔が。
二つめがあろう場所には、何も無かった。 ただ、明るい緑で縁取られた黒い穴が空いていた。
その穴から、また黒い流動するものが流れ落ちている。

黒一色の物体は、思い出していた。
自分と同じような「もの」が、自分の他にもいること。 母の血を受けた「もの」が、存在すること。
生き物の体から溢れる黒い物体は、自分の体のそれと同じものだった。

黒一色の「それ」は、自分と同じような存在を言い表す言葉を探していた。
その身に覚えている多くの言語から、最も近似した、ふさわしい一つの言葉を探り当てる。
声帯も何もないその黒い体から、一つの言葉を放った。
『姉さん』
その言葉に、生き物は面食らったようだった。
「姉さん?」
生き物の顔に、困惑と喜色が同居した。
「いきなり妙なこと言い出すな、おまえは」
生き物は一歩踏み出し、黒一色の物体に右手の指を一本突き立て、こう言った。
「おまえみたいな弟を持った覚えはないぞ」

白一面の大地に、黒いものが二つ。
辛うじて生き物の姿を持つものが一つと、明らかに生き物とは思えないものが一つ。
白以外何も無い大地のどこを見るでもなく、ただ座ってまっすぐ前をぼんやりと向いている、生き物。
その隣に、生き物よりやや大きい姿で佇む「それ」。
「それで、おまえはどうしてこんな、何もない所に来たんだ」
顔をまっすぐ前に向けたまま、生き物が呟く。
返事はない。
「……何だよ、無口なやつだな」
返事はない。
「何だ、母さんの差金か?」
『いいえ』
生き物は、ちらりと視線を黒に向け、また戻す。
「そうか、おまえの意志か」
生き物が小さく笑い声をあげた。
「おれは本当に、見捨てられたんだな。 母さんに」

生き物が、ふいに黒に向かって座り直す。
「まぁ、なんだ。 せっかくだし、ちょっと話を聞いてくれないか」
黒は幾何学的な姿をとり、生き物の前に浮かぶ。
「ここもな、前はもっと賑やかだったんだぜ」
「おれに与えられた場所は、ここだけだったからな」
「一人は嫌だったんだ」
「だから、おれはここに意志を与えたんだ」
「おれの意志はそこまでさ、あとはおれ以外の意志に任せたよ」
「たまにな、会いに行くんだ」
一人で淡々と話し続ける生き物の前で、黒い幾何学が反応するかのように時たま姿を変える。
「すごいぜ、会うたびにどんどん大きくなってるんだよ」
「空もさ、今じゃ黒色しかねぇけど、あの時は青色だったり赤色だったりしてたんだよ」
「信じられるか?」
「ずっと水ん中にいたのに陸に上がったりしてるし」
「動かないやつがいたり、動き回るのもいたし」
黒い幾何学は、生き物の語ること一つ一つを情報として得続けていた。
生き物の持つ情報を全て得るのは一瞬で出来ることだが、それは何故か、したくないと思った。
「どんどん増えてたくさんになって、どんどん形を変えていっててさ」
そして、この生き物が、一つの言葉で表わすのならば。
「可愛いんだよ、あいつら」
この星においての、創造主であるのも理解していた。
「おれはな、あいつらといるのが楽しかったんだ」

生き物は、それから長い間、「あいつら」の話を続けた。
一緒に水を泳いだり、地を駆けたり、空を滑ったりした時の話。 「あいつら」の姿形や、その鳴き声。
それを離す生き物の顔は、子供のようだった。

「でもな、おれがいないほうがあいつらに良いんじゃないのかって思ったよ」
「おれの意志は、あいつらの意志と違うから」
「あいつらからは見えない所で、おれはあいつらを見ていたんだ」
「あいつらはもっと大きくなって、もっと増えた」
「頭も良くなっててな、きっとおれより賢いよ、あいつら」
「都合の良いもん自分で作って、使って」
「あれからはすごかったな、どんどん賢くなっていっててさ」
「それからすぐに、あいつらが自分で作ったものでみんな死んでったよ」
「自分で作ったもんで死ぬんだぜ、変だろ」
「しかもそれを分かって作ってたんだよ」
「変だよな、おれならそんなことしない」
「おれの姿は、あいつらから貰ったんだ」
「おれの今の姿は、あいつから貰ったんだ」
「……あいつから」
生き物の顔が、曇る。 顔を足元に向け、しばらくそのままでいた。
次に生き物が顔を上げた時には、表情は消えていた。
「それが、おれの意志の一つめ」

「それから何度も、おれは意志を」
「でも、最後はいつも同じだったよ」
「そこに行き着くまでにかかった時間は違ってもさ」
「もしかしたら、母さんがそうなるようにしていたんだろうな」
「そう思ったよ、そう思うしかなかったんだ、そう思うしか」
生き物は、目の前に浮かぶ黒い幾何学を右手で掴む。
「なぁ、おまえ」
光を反射しない幾何学に向かって、話しかける。
「おまえとおれは同じものなのか」
『恐らくは』 幾何学は、一言だけ応えた。
「おまえは、ここじゃないどこかから来たんだろ」
『はい』
「母さんに会ったことあるのか」
『はい』
「そうか」
生き物は、幾何学を離す。
「おれは母さんが嫌いだ」

「なぁ」
生き物が、今は完全な球体と化した黒に語る。
「おれと、おまえは同じなんだな」
『情報に差はありますが』
「おまえ、いろんな星に行ったことあるか?」
『はい』
「いいなぁ、おれにはここしかないのに」

「おれとおまえは同じか」
この星に住まうものは創造主と称えるであろう生き物が、誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
「おまえとおれは同じか」
かつては崇められ、供物を捧げられたであろうものが、体を小さくさせて呟く。
「じゃあ、おれが出来ることは、おまえも出来るんだろう」
生き物は浮かぶ黒い球体を右手で引き寄せる。
「なぁおまえ、おれを死なせてくれよ」
生き物の表情は、変わらない。

『死なせる』
「そうだ」
多面体の姿をとった黒が、生き物の目線に浮かぶ。
「おれはな、あいつらと同じ場所にいたいんだ」
「あいつらの意志と、おれの意志を、同じ場所に置いて欲しいんだ」
「おれだけじゃ、出来なかった」
「死ぬって言い方も合ってるかわかんねぇけど」
「おれも、純粋な意志と情報としていたいんだ」
「出来るんだろ」
「おれの中にも、あいつらの意志と情報がたくさんある」
「おまえもそうなんだろ」
「いろんなやつから、貰ってきたんだろ」
『はい』
「楽しいよな、自分の中に意志と情報が増えるのって」
『えぇ』

生き物の右手が、多面体の黒を撫でる。
「母さんは、おまえを見ているのか」
『分かりません』
「なんだ、分からないのか。 おまえならそうだと思ったんだけどな」
『可能性はあります』
「だろうな」
生き物の口角がかすかに上がる。
「なぁおまえ」
「おれの意志と情報を貰ってくれ」
黒は返答に時間をかけた。
「迷ってるのか?」
黒はまだ答えない。
「なんだ、本当に迷ってるのか」
「頼りないな、やっぱりおれが姉さんにならないといけないな」
生き物は、姿勢を整えて黒に向かい直す。
「おれの意志と情報、貰ってくれ」
黒は、ようやく答えた。
『はい』 一言だけ。
生き物の表情がほころびんだ。
「ありがとう、これでおれもあいつらと同じ場所にいられる」
「ずっと待っていたんだよ、おまえを」

「あぁ、そうだ」
「おまえ、形を変えられるんだろう」
『はい』
「じゃあ、この格好になれるか」
生き物の左腕から流れ落ちる黒い流体が浮き上がり、多面体の黒に触れる。
多面体の黒に、情報が流れこんできた。 一人の、生き物の姿の情報だった。
黒は、その情報に忠実な姿をとった。
色を変え、伸ばし、厚さと長さを加え、着衣と思われるものは同じ材質に、変わった。
黒が変化を終えた時には、生き物よりずっと背の高い、もう一人の生き物の姿があった。
白い肌に白い髪、灰色の瞳を持つ、長身の生き物の姿。
「すごいな、そっくりだ」
生き物が右手で、目の前の生き物に触れる。
「あぁ」
その右手は、わずかに震えていた。
「同じだ」
その右目には、涙が浮かんでいた。

白一面の大地に、黒いものが二つ。
生き物が、二つ。 大きいものと、小さいもの。
黒い大きな柔らかいものに包まれて、二つ。
その中で、大きな生き物に小さな生き物がよりそっている。
「その姿、気に入ってくれたか」
『はい』 先程の多面体の黒とは違う声で、大きな生き物が返した。
「そうか、おまえのものにしろ」
『そうします』
「素直だな、おまえは」
小さな生き物は少しだけ笑い、大きな生き物の手を取った。
「うん、頼む」
「やってくれ」
大きな生き物の手を、自らの左頬にあてる。
「なぁ」
大きな生き物は、大きな生き物の持つ声で、小さく言った。
『あの』
「うん、なに?」
『あなたの、名前』
「おれの?」
『はい』
「おれの名前なら、情報と一緒に」
『いえ、違うんです』
「なんだ?」
大きな生き物となった黒は、今まで持ったことのない気持ちになった。
意志と情報を貰ったことは何度も何度もあるが、そのような気持ちになったのは初めてだった。
『あなたの声で、聴きたいんです』
目の前の生き物が、自分の姉とも呼べる存在だからだろうか。

「おまえ、そういうの気にするのか」 生き物は笑った。
「よし、教えてやる」
「おれの名前はな、■■■■■■だ」
その不可思議な音の並びが、黒には心地よかった。

「さぁ」
黒の手を握る小さな生き物の力が、少しだけ強くなった。
『はい』
「そうだ、もしおまえを母さんが見ているなら、こう伝えてくれないか」
『何でしょう』
「次に生まれてくるなら、もっと賑やかな所にしてくれと」
『分かりました』
「頼むぞ、■■■■■■」
小さな生き物の目は、大きな生き物の目に向けられていた。
「■■■■■■」
大きな生き物の目も、小さな生き物の目に向けられていた。
『■■■■■■』

一瞬の後、小さな生き物の姿は無かった。

白一面の大地に、黒いものが一つ。
一人だけになった大きな生き物に、語りかける一つの声。
「ありがとう」
「なんだかいい気分だよ」
「おまえ、これからどうするんだ?」
その声は、黒の中から発されていた。
『どうしましょうか』
「どうしようか」
「じゃあ、どこか違う星に行ってみてくれ」
『えぇ』
大きな生き物は姿を流体に戻し、白の大地から飛び去った。

その白い星には、何もいなくなった。

黒い空間を滑る、空間に溶けこむ黒く大きなもの。
流動し常に形を変え続ける、少し前より多くの意志と情報を持った、黒く大きなもの。
黄色い点や赤い点、双子の点を越え、広い広い空間を滑っていく。
そこに、一つの小さな青い点を見つけた。 青い点のそばには、もっと小さな白い点が廻っている。
黒く大きなものは、その点に降りることにした。
青い点から、何か見知ったものの気配を感じた。

点に表在する緑や黄色、白い大地と、それを浮かべる青い液体。
大きな大地の傍らに、ぽつりと漂う小さな島。
その小さな島に点在する、四角い塔の密集地。
密集地の一つから少し離れた、その場所。
四角と四角に挟まれた、一本の路地。
個人経営の電化製品店と中小企業ビルの裏口に挟まれた、一本の路地。
そこに、一面二臂二足の姿を持つ二人の生き物が見えた。

「ちょっとここ見てきますねー」 一人の生き物が電化製品店に入っていった。
「んー、おれここで待ってるからー」 一人の生き物が路地に佇む。
路地に残った生き物は、青銀の髪に褐色の肌を持っていた。
頭頂部には尖った耳、二つの目の周りには明るい緑の縁取り。
あの白い星の生き物に、とてもよく似ていた。

あの生き物が、きっと、それなのだろう。
黒は、白い星にいた「姉」の持つ情報にあった、あの大きな生き物の姿をとることにした。
その生き物は、前触れも無く目の前に現れた大きな生き物に驚いているようだった。
「うわ、何だよおまえ…… びっくりした……」
その小さく囁く声も、「姉」と同じものだった。

大きな生き物に見下ろされる、小さな生き物。
「……だから何だよおまえ、何見てるんだよ」
目線だけを大きな生き物に向け、小さな生き物がぶっきらぼうに呟く。
大きな生き物は、あの時使った言葉をもう一度、使う。
『姉さん』
小さな生き物が、勢い良く顔を向ける。
「はぁ?」
「おいちょっと待て、おまえ今何て言った? 姉さん?」
小さな生き物が大きな生き物につかつかと歩み寄る。
大きな生き物の胸元に右手の指を一本突き立て、こう言った。
「おまえみたいな弟を持った覚えはないぞ」

その時、小さな生き物の顔がかすかに曇る。
「……おいおまえ、何て名前だ?」
何かを思い出しているような、そんな顔だった。
『■■■■■■』
『私の名前は、■■■■■■です』
小さな生き物は一瞬口を開き、言葉を整え直した。
「えーと、何だって? 難しい発音だな」
「悪い、もう一度頼む」
『■■■■■■』
「よし、分かった」
「それで、おまえ…… ワーシュ、おれが姉さんってどういうことだ」

小さな生き物の黄色と水色の目が、大きな生き物の灰色の目を見る。
「ん、待てよ、おまえ」
「あれ? どっかで会ったか?」
小さな生き物の顔が困惑に染まる。
「あー……」
「やべぇな、思い出せねぇ……」
「そもそも何でおれの」
小さな生き物が言いかけた瞬間、電化製品店から一人の生き物が走り出てきた。
「匿名さーん、いいのありましたよー」
匿名と呼ばれた小さな生き物は、その生き物を振り返る。
「あ、そうかー 良かったなー」
「ここいいですね、珍しいゲームとかあったし……」
生き物が大きな生き物に目を向け、一瞬だけ固まった。
「あの、匿名さん、誰ですかその人」
小さな生き物も、ちらりと大きな生き物に視線を向ける。
「あー、あのなー……」
返答に困っているようだったが、あまり時間を置かずに次の言葉が出てきた。
「知り合いだ、おれの。 知り合いだ」




「おれの、昔からの知り合いだ」