とっくに日も落ち、黒に覆われた世界。
埠頭にぽつぽつとうな垂れる様に立つ外灯だけが、存在を誇示していた。

俺の目の前に立つのは、浄泉。
きちんと学校指定の薄青灰色のブレザーを着込み、ボタンも全部留めている。
ネクタイにも乱れは無く、一見生徒会にでもいそうなガチガチの模範生だ。
校則では女子はスカート男子はズボン、と決められていないためか彼女もズボンを履いている。
まぁまだ夜は寒いし、冬となるとスカートを履いている女子を見るのも珍しくなる。

そして男子はスカートになる。


彼女はやや青味がかった黒髪をポニーテールにし、特徴的な白い前髪は真ん中で分けていた。
つり上がり気味の常盤色の瞳が、ただ俺を見つめていた。
彼女は微笑ったまま、何も言わない。

……俺としては背後で唸っている弓の人がものすごく心にひっかかっているのだが。
どうやら彼は無事(――と言っても顔には大きな痣があった)のようだ。
このまま暗い中、無言で、一体、何を。俺が色々思念を巡らせていると彼女が、

「水主町、霊感はあるか?」
やや穏やかな口調で、一方微笑は崩さずに問いかけた。
「……ありません」
「未来予知とか出来るか?」
「出来ません」

水プリン出来るか?」

「え?」
「……冗談だ」
彼女の微笑が満面の笑みに昇華した。
「”素質”だ、全ては素質の問題だ」
「だから一体何の素質だって……」

「”幽波
”だ!!」
普段はあまり聞かない彼女の明るい声。
「……すたんど?」
素質だのスタンドだの一体彼女は何が言いたいのかもしかして新手の宗教か。

「――ま、簡単に言えば超能力だ」
「超能力、ですか」
「あぁ、人によっては
かませ犬かませ犬、さっきのかませ犬みたいだったりする」
あれ、何か急にフランクになってないか?
「たまにそれをネタにしてテレビに出てるのもいるが」
「あー、マジックとか?」
「そ、そ」
嬉しそうだな、自分一人で喋っておいて。
「……で、それと俺が何の関係にあるんですか」 ため息混じりに問いかけた。
「お前も使えるぞ、スタンド」

あっさりとなんだかとてもあんびりばぼーな事を言ってのけた彼女。
俺が超能力? ……そんな事ある訳――

突如、目の前で脳髄を貫くような強音を感じた。
自然と涙目になる中、彼女はポニーテールを揺らしながらほれ見ろと言わんばかりの顔を浮かばせていた。
「お前にスタンドが無かったら、今頃アイツみたいになってるぞ」
そう言って指差す先はさっきの弓の人。
もしそれが本当だとしたら、それイコール全治何ヶ月という訳になる。
「少し荒かったか?悪いな」
悪びれた素振りを見せない彼女。 少しどころじゃありません。
「……まだ信じないのか?」
「あぁ〜、それが見えたら信じますよ」 クラクラする頭を何とか抑えながら、少し挑戦的に言葉を紡いだ。
「そうか、そうなれば……いや、でもやっぱり……うーん」
腕組みで何やら試行錯誤を繰り返す彼女、その目は真剣だ。

「よし、まずは水主町、お前の意見を聞こうッ!!」

気がついたように人差し指を俺に向ける。

「挟み撃ちの形になりますね」 我ながらぐだぐだ感溢れる答えである。

「うん、よし、決まりだ!! お前は今日からスタンド使いだ!! 後悔するなら今のうちだぞ!!」
弾けるような笑みをした彼女は、俺の明確な賛同も待たずに長い指で自身の首元を探り始めた。
ちゃらり、と軽い音と共に現れたのはネックレス。
しかしお洒落で身につけるにはあまりに不恰好で、ただの分厚い名刺入れにも見えた。
それはぱちりといい音を立てて開き、その中に入っていたのは……

「――石?」
「石じゃない、
川尻だ」
むっとした顔を見せながら、指先でつまみ俺に渡す。
手のひらに乗せられた5センチぐらいのそれは黒く、上薬でも塗っているかのように輝いていた。
大きく欠けた部分は光を嫌うかのように反射し、自身以外のもの全てを拒絶しているかのようだった。
「綺麗ですね、これ」
「ただの川尻じゃないからな、当たり前だ」
ただの……? この石、じゃなくて川尻に何か秘密でもあるのだろうか。
マイナスイオンとか遠赤外線とか電波とか何かコラーゲン的なものでも入っているのか?
指でころころと弄んでいると、欠けて鋭くなった部分で指を切ってしまったようだ。
赤いものがじわじわと溢れるのをただ見つめる中、俺は何か奇妙な感覚を覚えた。

「どうした?どうかしたか?」
浄泉が心配そうに俺を見上げる。その顔に不自然な確信が隠されているのを俺は見逃さなかった。
「……分かってたんですね、こうなる事」
「もちろん、それが目的だからな」
罠にかかったネズミに話しかけているような彼女の言葉を聞いているうちに奇妙な感覚は体中に広がっていく。
頭の中に蠢く虫でもぶち込まれたかのような、別の物が生まれるような、
焦げるように熱く刺すように冷たく、全神経を一斉に襲うその感覚に耐え切れず、俺は崩れるように片膝をついた。

「痛みを伴う政治」

しゃがみ込み、まるで母親のような口調で俺をなだめる彼女。もちろん返事は出来ない。
「うんうん、気持ち悪いだろー、多分死ぬ事は無いから大丈夫だからなー」
「オレも見るの3回目なんだよ、みんな頑張ってたんだからお前も頑張れー」
人の苦しみを知らないでこの野郎……ッ もちろん言葉には出来ない。

――瞬間、意識が飛んだ気がした。
同時にさっきまで暴れていたあの感覚も嘘のように消え去った。
気づくと彼女が目の前にいない、何処だ?

「もう直ったかー?」 離れた外灯の下で呼ぶ声。彼女だ。
「何で……何でそんな離れてるんですかー?」 こっちも声を張らないと届かないだろう。
「危ないスタンドだとこっちが死ぬかもしれないからだ」
「そんな大事な事計算に入れてなかったんですかー!?」 人殺しにはなりたくない。
「冗談だー 近距離タイプだって目星は付いていた、詳しくは分からないけどなー」
「でもどこにいるんですかー? そのスタンドってー」
「後ろだ」
後ろ?普段しているのと同じように振り返る。
鮮やかな何かが目に入るも脳がその正体を把握したのは、仮面の誰かがそこに。

「う、わっ……!!」
「そんなにびびってやるなよ、同胞(はらから)なんだから」
いつの間に近づいていた彼女の表情には、何の変化も無い。 手からこぼれた矢尻を拾い、大切そうに元に戻した。
咄嗟に構えて交差させた両腕の向こう、俺を見下ろすように僅かに透けた仮面の誰かが立っていた。

「何か可愛いな、
仮面ライダーアマゾンみたい」 呑気な事を言う人だ。

「これが、俺の……?」
「これがお前の、スタンドだ」
目の前の仮面の誰かが、俺のスタンド――もちろん実感は湧かないが。
「で、何が出来るんだ、こいつ」
スタンドを中心に、一歩引いたところでぐるぐる回りながら彼女は問う。
「俺にも分かりません…… 絵でも描いてくれるんじゃないですか?」
「かもしれないな、あまり怪力には見えないし」
「スタンドにも力があるんですか?」
「もちろん、凄いのだとロードローラーを持ち上げるぞ」
「流石にそれは出来そうにないですねぇ」
「足は速いんだろうか?」
――1体のスタンドを囲んでの評論会が始まった。

スタンドについている3本の尻尾を見ながら彼女は、唐突に切り出した。
「よしお前、何か出ろって念じてみろ」
「何か出ろって、メルヘンやファンタジーでもないんだから無理ですよ」
「愚痴はやってみてから言え、ほらほら」
「分かりましたよ、とりあえず動いてくれないと……」
さっきからぴくりともしないスタンドに、疑問と期待の入り混じったような目を向けた。
まず何をしてもらおうか、とりあえず挨拶でもさせようかな。
動け、俺のスタンド。 動け。

〈俺、参上!!!〉

どこからか声が聞こえた。 彼女の顔を見ると、彼女も同じく俺を見た。
「これは珍しいな…… 思考分裂型か」
「え? 思考?」
「思考分裂、本体とスタンド、この場合お前とこのネコちゃんが、互いに独立した意思を持つって事だ」
「じゃあ人間みたいに物事を考えてるって事ですか?」
視線をスタンドに戻すと、俺達の顔を仮面の上からでも分かるほど、興味深げに眺めていた。
「えーっと、じゃあスタンドさん あなたは何が出来ますか?」

〈出来る、出来るのだ!!!〉

「兄弟だってよ、まぁ本体とスタンドは繋がってる事が多いからな」
「繋がってる?」
「スタンドが殴られたらお前も痛みを感じる。 たまに例外もいるけど」
「じゃあやられる確立が2倍になったって訳じゃないですか!?」 そんな負の疑問は王道によって覆された。

「やられる前にやればいい」
彼女があまりにも堂々と言ってのけるので、拍子抜けしてしまった。

「うーん、これを今後どう扱えばいいのか……」腕を組んで考える。
「何もしなくてもお前を危機から守ってくれるぞ」
「危機、ですか。 例えば?」
「そうか、例えばか」
彼女の背後から金属のぶつかり合う音が聞こえたかと思うと、

俺のスタンドは目の前から消え、
じゃらり、と金属の擦れる音の元へと蜃気楼のように移動し、
その金属――無数の鎖から交差した両腕で護っていた。 俺を。

何が起きたのか飲み込められない俺の元に、彼女がくすくすと笑いながら歩み寄った。
「例えばこんな緊急時だ」 相変わらず罪悪感の無い顔。
〈びっくりさせないでくださいヨ、あー驚いた〉 スタンドもこの事態に驚愕している。
「まぁ悪く思うな。 ついでに紹介しよう、オレのスタンド――

鎖のカーテンの向こう側に、何か白いものがいた。
白く太い脚、青のオーバーオール、ころっとしたフォルムの顔。
よく見ると顔の上部には三角の耳があり、その左耳に赤のリボンをしていた。
2本足の山梨でピューロなスタンドが、彼女の「守護者」だった。


その奇怪さに驚く俺を、その白い顔のつぶらな瞳が見下ろしていた。


ち、著作権が……!!