弓の人は学校を出てから、方角にすると南に向かっている。
距離を保って追うのは難しく、もしかしてとっくにばれているのかも知れない。
弓の人はただ走るのに専念していればいいが、追うこっちとしては一苦労である。

大通りから一本外れた街頭の少ない暗く寂しい道を、走る。
遠くに見える観覧車の波打つ光が、俺を、応援、しているようで。
速い。弓の人。
この道だと、港に、出る事、になる、ぞ。

弓の人が見えない壁にぶつかったように、急に立ち止まった。
しまった、ばれたか。 咄嗟に民家の庭に逃げ込んだ。ごめんなさいすぐ出ますから。

遠くで弓の人が喋る声が聞こえる。
風のせいか、会話は聞き取れない。

静寂がしばらく続いたかと思えば、それを吹き飛ばすように弓の人の叫ぶ声が響いた。
「俺はもう嫌だ!! こんな事でくすぶってられねぇんだよ!!」
どうやらもめているようだ、最早叫び声というより咆哮に近い。
「お前らの命令にはもううんざりなんだよ!! ちくしょう!! いい加減に……

途端に声がふぃ、と途切れた。
そろりそろりと顔を覗かせると、弓の人はまた走り出していた。
これは追うしかない、と考える前に足が動いていた。

視界の遠くに小さく見える弓の人。
その走り方には迷いが無く、ただ走る事しか知らないようでもあった。
時々弓の先端が黄色く光る。 どうやらかなりの高級品らしい。

港へと出る広場に出ても、弓の人はまだ走り続ける。
追うのもいい加減疲れてきたが、ここまで来て辞めるわけには行かないだろう、と自分に言い聞かせた。

波止場に出て、弓の人はようやく止まった。
俺は一瞬戸惑ったがひとまず植え込みに隠れ、弓の人の様子を見る事にする。

「うるせぇ!! お前らには憧れてたさ!! でもこんなウジウジした馬鹿だって気づいたら!!
さっさとブッ潰しちまえばいいじゃねぇか!! 出来るだろうが!! あぁ!!」

弓の人は空気に向かって叫んでいる。 誰もいない空間に。
まさかヤバい人なのだろうか、だとしたら学校を爆破する必要はあるのか?
自問自答をしても答えが出る訳も無く、ただ咆哮を聞いている事しか出来なかった。

「落ち着け、矢田」

低く落ち着いた、それでいて凛とした第2の声が響いた。
あの声は……

「……浄泉(じょうせん)!! 手前もそう思うだろ!!」

浄泉!? 確かにあの声は聞き覚えのあるが、何故彼女がここにいるんだ!?
普段から大人しい人だったが、こんなヤバそうな何かしらに関係があるのか?
湧き上がる好奇心と一緒に、2人が見えるところまでこっそりと、ネズミのように移動した。

「矢田、そのへんにしておけ 全員聞いているぞ」あくまで冷静な声。
浄泉の顔は外灯の逆光で、よく見えない。
意外と年上らしい弓の人の怒りに捩れた顔が、絶叫を弾き出した。
「そんなもん分かって言ってるんだよ!! 根性無しの馬鹿野郎共には理解出来ねぇだろうけどな!!」

「……なぁ矢田、オレがここにいる理由を分かっているのか?」
浄泉の刺すような冷たい声が、弓の人を殴りつけた。
「り、理由? 何だよ、迎えに来たんじゃねぇのかよ」
「逆だ」

一瞬、弓の人が素顔に戻った。
「逆ぅ?」
疑問符を頭上に掲げながら、弓の人は馬鹿のような顔に変わった。

「そうだ、逆だ」

浄泉の周囲から一瞬、空気が爆ぜたような音が響き、
どこからともなく金属がぶつかり合う軽く、高く鈍い音が辺りを包み込んだ。
あたりを見渡しても、鎖や鉄板は見当たらないが。
「はっ なるほどな!! 俺はもうクビって事か!!」
弓の人が矢の無いままで構える。
浄泉は動かない。

「お前が始末付けに来たって訳だ」
「そういう命令(わけ)だ」

弓の人からも奇妙な音が響いた。
その瞬間、弓が黄色く輝き、
矢が現れた。

矢!? どこから持ってきたんだ!?
俺の非理解には構わず、弓を引き絞る。
狙いは、浄泉。
「互いに、手の内はばれてるけどな」
「止めておけ、お前はオレを攻撃できない」
「……やってみねぇと、分かんねぇだろうがッ!!」
絶叫と同時に、黄光の矢が獲物を見つけ、嬉しそうに飛び出した。

それでも彼女は動かない。
じゃらり、と金属の動く音が僅かにしたかと思うと、
矢は、空中で、止まった。

今目の前で起きている何もかもが理解出来ない俺はただ、
危ない、とも何も言えず、ただ、

何かに阻まれているかのように固まった矢は、響く金属音と共に遥か上空に舞い上がった。
矢はそのまま慣性にまかせくるくると空中で踊った後、

爆発した。

爆発。 ついさっき学校で起きた大事件。 ……犯人はこいつだったのか。
今、俺は何をするべきなんだ? 警察を呼ぶのか、よし、そうだ。
その妥当で一般的な提案は携帯電話が無い、というコメディ的な要素によって打ち砕かれた。

「ちくしょう、お前の”アニマ”には当たりたくなかったのに……」
「だから言っただろう、無駄だと」
頭上の爆発を物ともしない2人、明らかに異常だ。
しかしすたんどって何だ? 何かの用語か?
そうシナプスを猛回転させていると、

「さて、そろそろ終わりにしようかな」
浄泉の嫌なぐらいに落ち着いた声がかすかに聞こえた。
次の台詞を打ち消すように、鎖がぶつかるような音が響き渡った。

「う、うあっ……

恐怖に顔の歪んだ弓の人がかろうじて放った矢は、何かに弾かれまたも力なく上空に舞った。
何か固い物で滅多打ちにされるような鈍く重い音に襲われた弓の人は、
爆発を待たずに倒れこんだ。

後頭部がコンクリートに打ち付けられ、ぼくりといかにも痛いですと言わんばかりの音を発した。
浄泉は動かない。

目の前の惨状を見た俺は全神経を目に集め、浄泉の次に起こす動きを見落とすまいとしていた。
浄泉は、こっちを見た。

「誰か、いるのか?」
やや穏やかになった声が、こちらに向けられる。 いますけどいない事にしてください。
しばらく場違いなほど爽やかな風の音以外せず。
「気のせい、か」
そうです。

はぁと安堵の溜息をついた瞬間、
目の前の地面が抉れた。

ふぁっ、と悲鳴を上げてしまった。 俺の馬鹿。
「やっぱりな、誰だ?」
冷たい声が聞こえてくる、これはもう駄目だ。覚悟を共にゆっくりと植え込みから顔を覗かせた。
「ごめんなさい、見てました……」
「……」
彼女の顔がやっと伺えた、いつも教室で見る無表情。

俺もあの弓の人のようになるのか、と衝撃に体を備えていると
「……誰だっけ?」
拍子抜けするような腑抜けた声が彼女から発せられた。
「同じクラスの、水主町(かこまち)です……」
こちらも腑抜けっぷりには負けないような声。

しばらく無言で対峙する。
彼女はわずかに困惑しているようだった。

先に無言を破ったのは、彼女。
「見えたのか?」
「見えた?」 弓の人が打ちのめされたのは見たが。
「なるほどな、”素質”止まりか」
「”素質”? 何の?」

こちらの問いかけには何も答えず、彼女はただ微笑しながら俺を見ていた。



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キャッチ!!

ミソ